輝く金箔の仏像 (ワット・ヤイ・チャイ・モンコン/タイ アユタヤ)

アユタヤには遺跡があちこちにあります。今度やってきたのはワット・ヤイ・チャイ・モンコンの遺跡です。そう遠くない場所にはアユタヤ日本人町もあったようです。アユタヤ日本人町は14世紀頃に始まったと言われ、Wikipedianiよれば、日本の戦国時代に主君を失った浪人が流れてくるようになり、特に関ヶ原の戦い、大坂の役の後などに膨れ上がり最大で1000~1500人の日本人がいたようです。当時のアユタヤ王朝では、実戦経験豊富な日本人兵を傭兵として雇い入れることでビルマの王朝からの軍事的圧力に対抗しようとするねらいもあったと言われています。その中でもは駿河国の出身の山田長政は日本人町の頭領として頭角を現わしていたようです。18世紀初頭まで日本人町は存続し、その後は徐々にタイ族に同化し、自然消滅したと考えられているそうです。

絶景探しの旅 - 0587 輝く金箔の仏像 (ワット・ヤイ・チャイ・モンコン/タイ アユタヤ)

輝く金箔の仏像 (ワット・ヤイ・チャイ・モンコン/タイ アユタヤ)   Photo No.0587

ワット・ヤイ・チャイ・モンコンの遺跡の中央にそびえる高い仏塔の頂上に上ってみました。たどり着いた頂上の部屋に静置されていたのが、こちらの仏像です。信者の人たちが貼り続けたと思われる1㎝角ほどの小さな金箔で覆われた顔が印象的でした。ご利益を得ようとしているのでしょうか、それとも仏様を自分たちの手でより高貴なものにしたいというタイの人たちの心の表れでしょうか。このように仏像に金箔を貼る行為をあちこちで見かけることができました。

SONY α7 Vario-Tessar T* FE 24-70mm F4 ZA OSS 48mm f4 1/160 ISO5000

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      [ 2018/05/16 00:00 ]   タイ | TB(-) | コメント(18)

参拝者が勝手に金箔を貼り付けるものなんですね。道理で素人がやったようだと思う様子の真相がわかりました。
ご利益を期待してのものなんでしょうね。う~~ん。

それにしても、戦国時代に海を渡るなんて宣教師以外にそんな酔狂な人はいなさそうですが、実は居たんですね。ヤジロウ(弥次郎)以外にも。
[ 2018/05/16 06:24 ] [ 編集 ]

MTさん、おはようございます。
アユタヤに日本人町があったんですね。
初めて知りました。
仏様の顔、何とも言えない表情が凄くいいですね。
[ 2018/05/16 08:42 ] [ 編集 ]

[日本の戦国時代に主君を失った浪人が流れてくる]

そんな歴史的な事があったんですね。全く知りませんでした。
仏様???皆さんいいお顔をされていますね。木の根っこで悟りを求めておられる仏様も・・・・・でした。
[ 2018/05/16 10:53 ] [ 編集 ]

ご利益より高貴というか
このお写真から物凄いパワー
伝わってきますよっ

お腹グルグルしてますっ( ;∀;)

[ 2018/05/16 13:00 ] [ 編集 ]

こんにちは。この寺院は川の中州にあるアユタヤの外、右岸にある寺院ですね。

アユタヤの王子がビルマの王子との象に乗っての一騎打ちで勝利した記念に建てられた寺院とされています。少し傾いた高い仏塔が有名な寺院ですね。その仏塔に上られたのですね!

その少し川下にある旧日本人街、現在は小さな土産物屋さんを兼ねた資料館が建っているのみですが、メコン川中流の雄大な流れを眺めることができます。
[ 2018/05/16 13:03 ] [ 編集 ]

こんにちは
とても粗い金箔の像だなって思いましたが
そういうことだったんですね。

奈良の薬師寺の大改修で
般若心経の中の1文字(何を書いたか忘れました)を
書いて瓦1枚を寄贈?
しただけですが気持ちが良かったですよ
[ 2018/05/16 17:27 ] [ 編集 ]

中学生の頃、山田長政に関する本を読んで、ロマンを感じましたね。
あの頃は、アユタヤに行って見たいと強く思いましたが、
その後、このことを忘れていました。
この絵も超アップの所が面白いですね。
[ 2018/05/16 17:55 ] [ 編集 ]

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
[ 2018/05/16 21:38 ] [ 編集 ]

アユタヤは街の中を象が歩き
ゆったりと時が流れていた気がします。

タイにまた行く機会があれば
アユタヤは再訪したいです。

応援ぽち
[ 2018/05/16 21:43 ] [ 編集 ]

AzTakさん

戦国時代からタイが認識されていたということですね。当時の技術でそれも潮の流れに逆らうようにしてタイまで行き、さらにアユタヤを目指す・・・。ずいぶん、大変な旅をしてたどり着いたのでしょうね。
[ 2018/05/17 05:44 ] [ 編集 ]

SATOくんさん

最近なら世界の街の日本人町は理解もしやすいですが、戦国時代にと思うとびっくりします。また、現地の言葉はどうしていたのか、血は薄れてしまったとはいえ、日本人のDNAを持つ人たちもいたということにあれこれ思いをはせたりします。
[ 2018/05/17 05:48 ] [ 編集 ]

ひろ吉とクンクンと愉快な仲間たちさん

仏教の盛んな国ということもなんとなく親和性もあったのでしょうか。戦国時代の日本にいるのと、タイでいるのとではどちらが幸せだったのでしょうか。時にはふるさとの四季を懐かしく思ったことでしょうね。
[ 2018/05/17 05:50 ] [ 編集 ]

デコさん

お腹は大丈夫でしょうか。
それにしても、金箔を貼る習慣というのも面白いですよね。
仏様の顔をもこれはこれで味があると思ったりもしました。
皆の心もこもったパワーも加算されてすごいご利益がありそうです!?
[ 2018/05/17 05:53 ] [ 編集 ]

ヨンミョンさん

こちらは上や下からの景色をたくさん撮ってきました。
朝夕に入るのが希望なのですが、寺院に入れる時間が限られていますので、イベントなど時間外の特別開放があるときを狙いたいです。次は少し引いて撮ったものをUPです。
[ 2018/05/17 05:57 ] [ 編集 ]

EMICOさん

奈良の薬師寺の瓦にEMICOさんの文字が奉納されているのですね。すてきです。
新しい薬師寺の歴史に加わったということですね!
いつまでもEMICOさんの瓦が残りますように~。
[ 2018/05/17 06:01 ] [ 編集 ]

さゆうさん

山田長政は習いましたよね!
それがこんなところだとは改めて実感です。
アユタヤはバンコクからさらに内陸に入るのですが、川を上って当時の都に着いたときに、山田長政はどう思ったのでしょうか。見たこともないような黄金の国でびっくりしたかも知れません!?
[ 2018/05/17 06:04 ] [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できますさん

いつもありがとうございます。
ちょっとびっくりするかも知れませんね!
[ 2018/05/17 06:04 ] [ 編集 ]

よっちんさん

私も次にアユタヤに来ることがあればアユタヤのホテルに泊まり、朝夕の風景を楽しみたいです。
[ 2018/05/17 06:05 ] [ 編集 ]

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